NOVILOG

株式会社ノヴィータが運営するブログメディアです。メンバーのこと、文化や価値観、ノウハウ、様々な活動などについて発信します。

がんになっても働ける ~傷病と仕事の両立・会社と社員にできること~【社員の思い】

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こんにちは、ノヴィータ広報担当の中根です。

今回はノヴィータとしても初の事例となった「がん闘病中の社員サポート」について、NOVILOGにてご紹介させてください。

2019年春、ノヴィータには20代で卵巣がんと診断された社員がいました。

治療が上手く進み一段落ついた今、闘病経験を発信したいと自ら提案してくれたYさんはこう語ります。  

「同じ病気で苦しんでいる人に『がんになったからって仕事をやめなくてもいい、症状が落ち着けば元気に働ける』ことを伝えたい」

主として対応にあたった社長 三好、上長の川村を交え、Yさんの「傷病と仕事の両立」について話してもらいました。

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病気発覚までの経緯

中根:まずは、今回NOVILOGを通じた情報発信を提案してくれてありがとうございます。広報としてお礼を言わせてください。

Yさん:こちらこそ、お話をする機会を作っていただけて嬉しいです。

中根:本日は時系列順に、病名発覚、治療、復帰と順を追って話してもらい、当時の気持ちやメンタルコントロールの方法なども聞きたいと思います。
まずは発覚の経緯です。話すのが辛いところは伏せてくれて構わないので、改めて大まかな流れを教えてください。

Yさん:最初に違和感を覚えたのは2019年の2月頃でした。その頃は「なんかおなかが張ってる、食べ過ぎかな」とか言ってたんですよ(笑)今思うとそれが兆候だったのかもしれません。

川村:Yさんが取引先に出向していた日に「午前中、調子が悪くて吐き気を感じました。病院に行ってきていいですか」と言ってきたのを覚えています。それが、僕がYさんの体調を気にし始めたきっかけでした。

Yさん:気になるところはありつつも実際に病院へ行ったのは3月だったんですが、会社近くの病院では「他院で精密検査が必要」と診断されてしまいました。
そして紹介された大学病院で検査すると更に詳細な検査が必要、そのために検査用の開腹手術と入院も必要と言われ、最初の病院に行ってから1週間もしないうちに手術スケジュールが確定。もう本当に急遽バタバタっと話が進み、まずその1週間、診察のためにほとんど会社に行けませんでした。

中根:更に長期の治療が必要と分かるのはその後でしたね。

Yさん:そうです。4月に1回、その、検査のための開腹手術を受けた後です。
それまではまだ何の病気かすら確定していませんでした。
3月撮影のレントゲンに対しては「白い点々があるからがんかもしれないが開けてみないと分からない、ただ卵巣が膨らんでいるだけの卵巣嚢腫かもしれない」と言われていたんです。
実際に検査手術でお腹を開けてみて「これは深刻だ」と思われたんでしょうね。
その夜、病室に来た主治医の先生から「やっぱりがんでした」と言われました。
私は、がんの可能性もあると分かっていたけれど「多分違うだろう」と深刻に考えていなかったんです。でもその時にやっとがんを自覚して、ポロポロ泣いてしまいました。
その後、抗がん剤治療開始、自宅療養開始、6月に再手術し卵巣全摘出、という流れです。

宣告後考えたこと

中根:同じ会社で働く仲間の1人がまだ20代であるにもかかわらず、がん宣告、更に卵巣摘出まで経験していたことに、私個人としても正直大きな衝撃を受けました。
宣告を受けた時、仕事や生活について何を考えましたか。

Yさん:「手術や治療はとにかくお金がかかる」と思っていたので、急いで三好さんや川村さんたちに相談しました。そこで傷病手当金の受給に加えて、治療費などを一旦会社で立て替えてもらい、後で返済するという手段もとれると聞いたんですよ。
そうやってお金に関する不安は割と初期に解消できたので、あとはもう休職に向けて案件を他の方に引き継ぎ、手術に向けて準備するぐらいでしたね。

中根:経済的な不安が早めに解決できたのは心強かったですよね。

川村:僕たちも驚いたけれども、そういう不安はとにかくなるべく早めに解消して、治療に専念してほしかったんです。
だからできるだけ冷静に気持ちを切り替えて、僕は僕で自分にできる情報収集やタスク表、治療費返済計画の作成などをやっていきました。直接治療にあたる主治医でなくとも、できることはあるので。

三好:私も正直「20代なんて早さで卵巣がんになるのか」とすごく驚きました。
私自身も30代になってからは婦人科系疾患検査で引っかかることも多かったので、「30代になったら女性向け健診を受けてね」と社員には伝えていたのですが、20代で発症するのは全く想定外で。
なので、「もっと早く健診を受けてもらっていれば、もっと早期に発見できていたんだろうか」と、社員を預かる社長として大きな後悔がありました。
がんともなるとやっぱりどうしても、その後のキャリアのみならず人生への影響も心配になってきます。
Yさんからは「結婚できないかも」という不安も聞きましたが「そこは別だから、切り分けて考えて。まずは治療に専念しよう」といった話をしたのを覚えています。
私や川村の動揺はあったものの、やはり1番不安なのはYさん自身です。会社としてYさんのサポートに注力しようと、比較的早い段階で切り替えできました。

 

メンタルコントロールについて

中根:この時期、「Yさんの不安な気持ちにただ寄り添って心配するだけでなく、具体的なアクションに繋げていこう」という姿勢が会社としても固まっていったのを私も覚えています。
一方、Yさん自身はどのようにその不安に向き合っていったのでしょうか。

Yさん:病院の無料相談コーナーを利用したり、他にはTwitterやブログ、がん患者用SNSを見たりしました。ただ、愚痴やネガティブな話が多く、前向きに働けている人の話はほとんどなかったんですよ。それもあって、私はもっと、見た人が治療に前向きになれる話を発信したいと思っていたんです。

中根:今はそう思えるほど、病状が落ち着いていて本当によかったです。でも、やはり発覚後すぐは、たまに会社に顔を出してくれた時にかなり落ち込んだ様子が窺えました。あの時期は、どのように気持ちを上向きにしていたんですか。

Yさん:最初の1ヶ月ほどは、抗がん剤の副作用もつらく、ずっと寝たきりで吐き気などもあって落ち込んでいましたが、そんな状態が続くとその気分の落ち込みだけで疲れてしまうんですよね。
そこで思い出したのが、会社で習ったロジカルシンキングです。
「今つらい原因」と「それを解決するためにどうしたらいいのか」を紙にバーって書いていくと、自分で解決できることと、自分ではどうしようもないことが明確になっていくんです。その後は「どうしようもないこと」を気にするのはやめて、自分でできることをやっていったら気持ちが整理されて、上向きになっていきました。
それでもどうしても気持ちが落ち込んでしまった時は一旦気が済むまで考え続けて、その後、ポジティブになれるものを見るようにしていました。仕事と治療を両立できている方のインタビューを見て自分を励ましてみたり。
これまたすごく楽観的なんですけど、がんになったからってみんな死んでるわけじゃないんですよ。私の場合、当時の生存率は30%でしたが「30%も生きるなら、それに入るな」みたいな感じでポジティブに考えるようにしました(笑)。

川村:本当にすごいポジティブだよね(笑)でもYさんのこのポジティブさには上司として大いに助けられました。こういう状況になるとやっぱり僕のメンタルもキツくて、でも僕は僕自身のメンタルも守らないと、そもそもYさんのサポートもできなければ、会社の仕事もできなくなってしまいます。だからYさん自身がポジティブで本当によかったです。

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治療経過が上向いてきたのはいつか

中根:4月、6月と手術を経験し、投薬治療、自宅療養を経て病状が改善。復帰が見えてきたのは2019年10月頃でしたね。

Yさん:そうですね。当初は抗がん剤も全然効かずに腹水でお腹がパンパンになってしまっていましたが、6月から新しい抗がん剤を始めたらどんどん消えていったので、そこから治るかもしれないって思えてきた。それからようやく将来のことを考えられるようになってきたんです。

中根:やはり治療開始後しばらくは、復帰や働くことまで考えるのは難しいですよね。

Yさん:治療中にずっと家に引きこもっていると、自分の存在価値を考えるようになりまして(笑)
新卒でノヴィータに入社して以降ずっと仕事をしていたので、ただ寝てるだけで何もできない自分が歯がゆくて。チームメンバーの仕事量も増やしてしまっているだろうし、回復してきたら「早くもっと良くなって仕事をしたいなあ」って徐々に思えてきたんですよね。
あと「傷病手当金が1年6ヶ月しかもらえないから、それまでには働かねば」とか(笑)

中根:その少し前から業務に関するeラーニングなども始めていたそうですね。

Yさん:eラーニングは夏頃からやっていました。ただ、食べて寝て治療するだけでその間何の仕事のスキルも身につかないと「ダメ人間になりかねないです」って自分で言ってました(笑)。そうならないように、朝8時に川村さんに「起きました」って報告して(笑)。

川村:「だらしない生活にならないよう、朝起きてとりあえずeラーニングやってslackで報告して」とか言ったんだよね。

三好:そうやって徐々に復帰の準備をしていたようでしたね。いつ復帰できるかその時点では分からなかったけど、復帰した時にお互い「考えていたのと違った」という状況がなるべく発生しないように、川村とYさんのほうですり合わせを進めてたんですよね。

Yさん:そうそう、eラーニング以外に面談もありました。月に1回出社して、病気の治療経過など報告するんです。「よくなりかけてます」と川村さんにお伝えした後は「復帰したらこういう仕事をやっていこうか」という話も面談の中に盛り込まれていきました。
病状が回復するまでは「元気~?」ってぐらいの会話しかしてなかったと思うんですが。

川村:そんなに軽く言ってない(笑)

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Yさん:雰囲気?(笑)でももう本当にずっと寝たきりの何もしない生活をしていたので(笑)準備もなくいきなり4月に復帰していたら心も体も上手く切り替えできなかったかもしれません。
「見捨てられない感」があったんですよね。患者会では「もうキミ働けないからさようなら」と言われてしまった方の話も聞いていたので、会社から「ちゃんと見てるよ」ってサインを受け取れているのがすごく嬉しかった。
私は「働けない自分は会社には不要だからクビにされる」ってずっと考えていたんですよ。でも、そうではなく、ノヴィータはすごく親身に、きちんと私の将来も考えてくださってありがたかったです。「いてもいいんだ」て思えましたね。

三好:そう思ってもらえてよかった。でも今回はそもそもYさん本人に働きたい意欲があったのが、会社でさまざまな対応を進めていくための軸となっているんですよ。

中根:社長賞や敢闘賞などを受賞し、チームメンバーからの信頼も厚いYさんだったので、その仕事への意欲はみんな知っていました。だからこそ、そうやってeラーニングや面談の機会などを、会社として遠慮なく設けられたところもありますよね。

川村:病気になった時にもう仕事自体辞めたいと思う人もいるかもしれません。そうなったらそうなったで、僕たちとしても本人の意志を最大限尊重して動きます。でもYさんは辞めたいとも、ずっと体を休めたいというわけでもなかった。治療が落ち着いた段階で、またしっかりと働きたいという意志をきちんと会社側に伝えてくれたんです。

そして復帰

Yさん:本格的な業務への復帰は治療開始から約1年後の2020年4月だったんですけど、復帰日はまず社内向けにZoomでプレゼンしましたね。休業中に何をしていたか、病状や治療についてなど「こうなってこうなりましたけど大丈夫でーす」って、パワポを作って説明しました。

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中根:全社Zoomというわけではなく、カジュアルな声がけで集められた復帰挨拶でしたが、半数以上のメンバーが参加していましたね。みんな「なんて強い子なんだ」と言っていました(笑)。
病気になった方々のみんながみんな同じことをできるわけではありません。でもそこがYさんのいいところであり、強みだと思ったのを覚えています。
復帰後、「想定と違った」など感じたことはなかったですか?

Yさん:案件に関しては全然ないですね。むしろ、キャリアアップのために上流工程の仕事をしなければと思っているほどです。ただ「人手が少ない時に自ら手を動かさなくていいのだろうか」という葛藤を常に抱えています。
タスク管理も難しいんですよね。休職前と同じ感覚でたくさん仕事を受けて、でもまだ疲れやすいから結局パンクして他の方にやってもらった、そんなこともありました。
「ずっと休んでたから働かなくちゃ」と思いつつ、でも頑張りすぎても結局迷惑をかけてしまうので、いい塩梅で働くのがすごく難しいです。

三好:その辺り、私の中で産休育休とかと結構近いイメージなんですよ。

復帰後はみんな休職前と同じ業務量をイメージしがちですが、どうしても物理的に時間が減る中で、結局業務内容や対応方法を変えていかなければならない。理由は何であれ休職した人って必ずそういうステップを踏むと思うんです。
「復帰直後はどういう仕事を依頼するか」「上長、同僚、本人、みんなに無理ない業務量の調節」など考えることは、多分どこの会社でも何かしらあるはずですよね。今回どう対応したかも今後の糧としたいです。

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三好は出産後の経験をもとに、働き方の考えを社内外に発信している

Yさんの目標

中根:今後も働いていく上で、目指す人物像はありますか。

Yさん:当たり前かもしれませんが、自分が働く上で誰かのためになる、きちんと相手の希望を汲んで、返すことができる人になりたいです。
クライアントと直接やりとりすることが多いため「相手の要望をなるべく叶えてあげたい」と最初に思うんですが、以前はその思いばかりが先走ってしまい、社内や自分自身に無理をさせてしまいがちでした。
でも今後は「自分の働きによって、どこかに無理が生じることなく上手く仕事が進んでいく」そういう人間になりたいですね。
がんになる前はどちらかというとお客さんよりも自分のことを考えていたんですよ。「自分のお給料のためにスキルを身につけて成長していこう」といった感じで。
その比率が今は変化していて、「受けたご恩を返したい」という気持ちが高まっています。以前は「やらなきゃいけない仕事をして、スキルを上げる」という傾向が強かったんですが、今は「お客さんの問題解決をしたい。そのために必要な力を身につけたい」みたいな感じです。
やっている仕事自体はそんなには変わっていないんですが、その背景で考えていることは変わったと感じています。

最後に 同じ病気の人へメッセージ

中根:ちなみに、もう「完治した」と言えるんでしょうか。

Yさん:自分の感覚では治ったと思ってますけど(笑)。

三好:またそういうことを言う(笑)。

川村:今も治療は続けてるんだよね。

Yさん:はい。3週間に1度通院して。でもそれも今年中には終わる予定です。

中根:では、最後に、同じような状況で闘病している方へのメッセージをお願いします。

Yさん:同じようにがんになった人に一番伝えたいのは「がんになったから終わり、ではない」ということです。
がんを宣告されると衝撃的すぎて、メンタルがまず先にやられてしまうかもしれないんですけど、現代では治療が落ち着き次第、元気に働けている人もたくさんいます。諦めずにまずは治療を続けてほしいと思います。
そして元気になったら、周囲の人、会社の人に「自分がこうしたいです」っていうのを伝える。かといって、全部の要望が叶えてもらえると思ってしまうと会社の方も大変なので、「私はこれができるのでここまでさせてください」ぐらい言えれば、会社側もどう接していいかが分かりやすい。
そうやって自ら希望を発信していくことで、自分の環境も作りやすくなっていくんです。
難しいですけど、変に考え込まずに、かといって、落ち込まずにね。難しくなってきた(笑)。一緒に頑張っていきましょう。そう思います。

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Yさんの闘病経験、いかがでしたか。

病気に限らず、事故による怪我、出産、育児、家族の介護などさまざまなライフイベントが発生する可能性は誰にでもあるものです。

社員の傷病、休業等に対するノヴィータの姿勢、風土がここから伝われば幸いです。

なお、治療と仕事の両立スケジュール作成、復帰後業務調整などノヴィータが会社として実施した具体的アクションについては同時公開のこちらの記事に掲載されています。是非ご覧ください。

 

(取材協力・執筆:石林グミ)

 

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